正しいのはどっち?
ワタクシ、日本史にも宗教にも興味がないのですが、たまったま目に付いた新聞記事がとても面白かった(興味深かった)ので、ぜひご紹介させて頂きたい!
時は1870年、五島列島のとある村で、武士4人が異教徒であるキリシタンを惨殺する事件が起きました。
武士達は所用で出掛けた途中、友吉の家に立ち寄り水を飲ませて貰いますが、以前より異教徒であると聞いていた為、改宗するよう諭しましたが聞き入れてもらえません。所用を済ませて、今度は帰りの提灯の火を貰いにまた友吉の家に立ち寄ったところ、宗旨が違うからと断られ、諍いが起きました。すると友吉が薪を持って打ちかかり、一緒にいた知り合いのヨネも熱湯の土瓶を投げつけて来ます。致し方なく、友吉と友吉の嫁、知り合いと知り合いの嫁ヨネとムスメを討ち果たすこととなりました。ヨネは息子を抱いており、切った後急いで取り出したが死んでいました。
後日4人は藩の監察局に、友吉らの行いは武士道において捨て置かれず止むを得ず打ち果たしたが、子供を抱いたヨネを子供共々殺したのは大きな過失であり、一同切腹をしたいと申し出て、切腹となっています。
ここまで読んで、「そうなんだ。キリシタンも激情型だったのね。仕方なくはないけど、残念な事件だったのね」くらいに思いましたが、この先があります。
なんと神父がこの事件も記録を残しており、それによると全く全容が違うのです。
武士は新しい刀の試し斬りのために寝込みを襲い、胎児を含め6人が殺害されたとあるのです。
すごくないですか?
よく歴史は勝者が作るとは言いますけれども。
古今東西、何事も両方から話を聞かないと何が正しいか分からないと言うことですね。
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by box_ricefield
| 2020-05-09 09:35
| その他
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